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​Wake Up Japan の最新情報


2020年より始まった、市民間から対話を通じて平和を作る、東アジア平和大使プロジェクト。

今年は遂に、戦後80年。


東アジア平和大使プロジェクトは今年で6年目を迎えました。


私達はなぜ、「近くて、遠い」のか。その問いを軸に活動をこれまで展開し、

総計で439名の参画者数、51の場づくりを行うことが出来ました。


今年もこれまでと変わらずに東アジアの和解と共生をテーマにしながら、

世代、所属、思想を超え、明日の平和な東アジア地域を望む人々が集える場となるよう、

国内外での活動を実施していく年とします。


今回は5月に実施した横須賀フィールドワークからのご縁で、ドキュメンタリー上映の告知協力のご案内です。


▼横須賀でのフィールドワークの様子はこちら▼


ご関心のある方は、是非Peatixからお申し込みください。


【日時・場所】

11月7日(金) 

13時開演(12時開場) 16時終了横須賀市文化会館 大ホール


【料金】

当日1200円 前売り1000円 学生500円 ※高校生以下無料


【プログラム】

①ドキュメンタリー映画(2017年製作)上映

②宮尾哲雄監督講演

③樋口達氏講演(満蒙開拓団 富士見村の真実)

④平和の祈りミニコンサート 宮本忠利(バリトン)、渡邊達徳(ヴァイオリン)、ロマホン真由美(ピアノ)


【本作品内容】 

本作は、戦争とは何か?戦争の実相を後世に伝えようと、亡くなる直前まで語 り続けた原田要さん(現長野市浅川生まれ)の生涯と人間像を描いた作品。太平洋戦争中、日本海軍の主力戦闘機「ゼロ戦」に搭乗し、多くの敵機を撃墜した名パイロット原田要。「殺さなければ殺される」―その思いで必死に戦い抜いた。戦後は幼児教育に情熱を注いだ一方、自らの戦争体験を後世に伝える ことを使命とし、平和や命の尊さを訴えつづけました。波乱に満ちた原田要の生涯を通して、あの戦争とは、あの時代とは何だったのかを改めて問い直します。 原田要氏は、昭和8年横須賀海兵団入団、昭和10年横須賀航空隊入隊のご縁あり、是非、横須賀市民のみならず、広く神奈川県民の皆様に、観て欲しいと計画しました。


ご関心のある方はどうぞご参加ください。


情報🎵

東アジア平和大使プロジェクトの概要は以下をご覧ください。

※スケジュールやプログラム内容は若干変更する可能性がございます。

※今後のプロジェクト概要について案内をご希望する方は、イベント申し込みフォームよりお申し込みください。

東アジア平和大使関連ブログ

・東アジア平和大使プログラムをスタートさせました(2020年度)

・東アジア平和大使プロジェクト2022年初回

・東アジア平和大使プロジェクト2024年度総括


 

2020年より始まった、市民間から対話を通じて平和を作る、東アジア平和大使プロジェクト。

今年は遂に、戦後80年の2025年まであと一年を切りました。


当初計画を立てた4年を終え、2024年度のプロジェクトは5年目を迎えます。

4年間を経て、実施したプロジェクト内のイベントや取り組みは39個、366名の方に様々な形で参画頂きました。


これからの3年間は、戦後80年を含む3年間。


東アジアの和解と共生をテーマに、世代や所属を超えた明日への願いの声を集め、市民社会から戦後80年談話を国内外の繋がりを超えて形成することを目標とします。


2024年度の第三回となる本会は、京都大学大学院にて日本と朝鮮半島に跨る(在日朝鮮人の)親族ネットワークを研究されている竹田響さんと、日本と朝鮮半島の歴史とつながりを共有するとともに、参加者の方々と平和な明日の社会に向けて考え交流できる時間を目指し実施しました。



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開催概要&当日構成

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当日は日本と朝鮮半島のつながりと「平和」 ―過去と今、そして未来について考える―というテーマのもと、運営を含めて10名の方にご参加いただきました。

■テーマ🎵 

日本と朝鮮半島のつながりと「平和」 ―過去と今、そして未来について考える―


みなさんは「日本」と「朝鮮半島」と聞いて何を思い浮かべますか?


日本から最も近い大陸の一つである朝鮮半島と日本に暮らす人びとは、かねてから交流を重ねてきました。そして日本は、近現代においても、朝鮮半島と、またそこに暮らしてきた人びとと強く関わりを持ち続けています。


今を生きるわたしたちは、今日の東アジアについて、どのように捉えれば良いのでしょうか。そしてこれから先、どのような時代を、ここ東アジアで共に創っていけば良いのでしょうか。


今回は京都大学大学院 人間・環境学研究科 の竹田響さんをゲストとして迎え、

「在日朝鮮人」「朝鮮戦争」「平和」などといったキーワードを紐解きながら、会場参加型のワークショップを開催します。


どのような立場の方の参加も、共に東アジアに暮らす人びとの「平和」について考え、他者を尊重しながら対話を行うという前提のもと、歓迎します。


■日時🎵 

9月7日(土)

14:00-16:00 (JST)


■開催形態 🎵 

  • はじめに(団体・登壇者紹介)

  • 竹田響さんによるインスピレーショントーク、質疑応答

  • 休憩

  • 会場参加型ワークショップ

  • 終わりに&お知らせ


■開催言語🎵

日本語


■企画🎵

  • 主催:NPO法人Wake Up Japan


■定員🎵

約15-20名程度(先着順)


■リソースパーソン(敬称略)🎵

  • 竹田響(たけだひびき)

京都大学大学院 人間・環境学研究科 共生文明学専攻(文化人類学) 博士後期課程

  • 小島 久枝(こじま ひさえ)

東アジア平和大使プロジェクトメンバー 


冒頭、会場に参加してもらった参加者とアクションリサーチを実施しました。

今回は2つの問いを設定し、回答は以下となります。


韓国政府に親しみを感じる

有効回答数:5(回答は任意、複数回答可能)

  1. 親しみを感じる(0)

  2. どちらかというと親しみを感じる(4)

  3. 親しみを感じない(0)

  4. どちらかというと親しみを感じない(1)

韓国人に対して親しみを感じる

有効回答数:6(回答は任意、複数回答可能)

  1. 親しみを感じる(4)

  2. どちらかというと親しみを感じる(2)

  3. 親しみを感じない(0)

  4. どちらかというと親しみを感じない(0)


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インスピレーショントーク

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インスピレーショントークでは、竹田響さんより日本の朝鮮半島の植民地統治の歴史や戦後の朝鮮半島の分割や在日朝鮮人の国籍、現在の日本社会にみる諸問題についてお話しいただきました。



一部内容を以下に記載します。

  • 朝鮮半島は元々1つの国だった

  • 1910年韓国併合によって大日本帝国の一部になった

  • 当時の大東亜共栄圏の構想により、日本は19の国・地域に植民地侵攻した

  • 土地調査事業によって農地が国の管理下となり、土地を使って農業ができなくなり、生活のため仕事を求めて日本(内地)へ移動した人もいる

  • 戦後、朝鮮半島から内地に移動してきた人々は当時210万人おり、うち60万人は日本に残留した(在日朝鮮人)

  • 朝鮮半島への帰国を希望する者は千円以上の日本円を持ち出せず、金銭的な面で在留した人もいた

  • 1950年に始まった朝鮮戦争は現在休戦状態であり、朝鮮人民軍と(アメリカ率いる)国連軍間での休戦協定である

  • 「北朝鮮」とは国名、略称、地域名のいずれでもないが、外務省HPには「北朝鮮」と記載されている。国交を結んでいない、国として認めていないということ

  • 1951年のサンフランシスコ平和条約によって、植民地出身者は全員「外国人」となり、朝鮮半島ルーツの人は「朝鮮籍」になった

  • 日本国籍を持たないことによる(外国人)差別は現在も続いている(就職、住居、融資申請、大学進学、ヘイトスピーチ、etc.)

  • 2007年より横田基地に朝鮮戦争の国連軍広報司令部が置かれている

  • 戦時になると、国連軍地位協定に基づき、国連軍の感染と飛行機が在日米軍基地に集結、補給拠点になる


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ワークショップ

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竹田響さんによるインスピレーショントークの後、参加者と一部運営メンバーが発表を聞いた感想、疑問など、自由に意見を共有するワークショップを開催しました。


2つのテーブルで4人ずつに分かれて共有、最後は各テーブルから全体で発言したい方に発言していただきました。



全体での発言を以下に抜粋します。

  • 朝鮮との学生の交流が表すような市民の草の根の力をもっと信じたいという意見、ここにアメリカ人がいたほうがいいんじゃないか?この問題は朝鮮半島が分割された日本の植民地辞退まで遡らないといけない。そのあとの冷戦という問題なので、東アジアとアメリカという枠組みで考える必要がある、学生もいるといいのではという意見に共感。

  • ショックだった。知らなかったことがあまりにも多すぎるという意見はグループで一致した。それは仕方がないというと語弊があるかもだが、あまりにも公教育の中で知らされていない部分がある。植民地、加害の歴史、朝鮮戦争が分割された背景だったり、マイノリティ。差別の問題など、あまりにも教えられていないのは問題意識として感じた。

  • こういったワークショップにに来る人達は問題意識がある人。なんらかの接点を持っている人が集まっている。在日特権を許さない市民の会含めて考えないといけないはずなのに、現状としてはなかなか難しい。

  • 差別があるのを気づく、今あるという話。今ある問題だけどなぜ差別があるのかは歴史に紐づいており起こってしまっている。なんでその差別があるのかというところに、そもそも歩んできた歴史は学校教育だと学べない。学校できちんと日本史の授業でも 朝鮮戦争で朝鮮特需があったとかのことは覚えているが、その先は飛ばされたりあまり記憶がない。いつの間にか北朝鮮という風になっている。朝鮮民主主義人民共和国となっていたのにメディアは文字数少ないしで便利だけど変わっている。体系的に学べていない。

  • アカデミアでどうやって伝えていくのか。切り貼りした知識だけだと差別につながりかねない。差別を差別だと気づけないということになったらまずい。そこは声を上げていけない。区別としては必要だけど、誰かに不利益が生じるなら差別。そういった声に耳を傾けていきたい。

  • 知ってる知識も知らない知識もある。単語・出来事を知っていることでさえも暗記になってしまっていて、それによって生まれた差別や別々に暮らしている人もいる。日本は比較的良い環境にいるということと結びつかないので、教えたことが何を意味するかというところまで把握するというところも難しい。

  • 元々朝鮮籍で韓国籍になり、会社をやっている知り合いがいる。この選択肢が果たして日本に逃げてきた方にとってパスポートの意味ではプラスだが本当にプラスだったのか。韓国籍を取らなかった人もいる。こういう良くなかったところもいる。


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補足情報

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次回

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次回は10月に日本と中国の関係をさぐる回を開催予定です。是非ご参加ください。




■東アジア平和大使プロジェクトとは?🎵


2020年より始まった、WUJの年間プロジェクト。


東アジアの次世代が「近くて、遠い」と言わない社会をつくる、を理念に掲げています。


事業期間中は毎月イベント開催し、東アジアの和解と共生に関わる人々の対話と連携と場を創出します。



東アジア平和大使プロジェクトの概要は以下をご覧ください。


※スケジュールやプログラム内容は若干変更する可能性がございます

東アジア平和大使プロジェクト


戦後80年談話回答フォーム:https://forms.gle/eyc8VUTKDzwYkPqL9

東アジア平和大使関連ブログ


東アジア平和大使プログラムをスタートさせました(2020年度)

 

Wake Up Japanでは、社会変革の事例を学び、日本での活動をよりよくするために現地調査訪問事業を行っています。この度、京都府宇治市にあるウトロ平和祈念館を訪問し、同地における在日コリアンの方々の共生と人生の歩み、運動について学ぶ機会を持ちました。

京都府宇治市にあるウトロ地区は、1940年から日本政府が推進した「飛行場建設」に集められた朝鮮半島ルーツの労働者たちの飯場跡に形成された集落です。当時在日コリアンの人たちは徴用や貧困から逃れるために飛行場建設の過酷な労働に従事し、やがて日本の敗戦により工事が中断されると、放置されました。

日本の敗戦後、多くの労働者は帰国を希望しましたが、日本の植民地支配によって故郷での生活基盤が破壊され、また朝鮮半島も政情が混乱していることや日本政府による財産の持ち出し制限などが要因となり、日本にとどまる人々もいました。こうした人々によって集落として形成されたのがウトロ地区です。


在日コリアンの人々の暮らしや土地をめぐる運動の歴史を語り継ぐためにできたのが、「ウトロ平和祈念館」です。


今回、Wake Up Japanのメンバーとアメリカでヒスパニック系の住民の権利運動にかかわる友人、京都出身の学生の3名で平和祈念館を訪問しました。


ウトロ平和祈念館のスタッフの方に丁寧にウトロの在日コリアンの方々の歴史、歩みの中での一人ひとりの物語についてお話を伺いました。


特に、ウトロ地区は、大雨や台風がくれば水はけが悪く、浸水するなど過酷な状況であり、また上下水道の行政サービスも長らく受けることができなかったことなどを知り、大変驚きました。


こうした中で、住民の人々が土地で生きることを訴えたこと、そうした声に日本国内や韓国、そのほか世界各地から支援の表明や応援が届いたことも紹介されました。


住民の方が韓国のバラエティ番組に出演をすると、その人柄から多くの人々が支援に名乗りをあげたこともお聞きしました。


中には、2014年に多くの高校生を乗せて転覆、沈没したセウォル号事件の生存者の若者たちが訪れ、ウトロの人々に対して、「連帯」を表明する似顔絵を描いていった話なども伺いました。


ウトロの住民たちの運動は裁判では残念ながら聞き入れてもらうことはかないませんでしたが、国内外からの多くの支援もあり、一部の土地を購入し、住民が住める場所を建設し、また、このウトロ平和祈念館ができました。


ウトロ平和祈念館の展示の中で特に印象に残った住民の方の言葉がありました。

「(裁判に負けたけれども)私はよかったと思う。運動をしなかったら、私は日本人を憎んでいたと思う。運動を通じて、多くの人々が応援をしてくれて、もう私は誰も恨んでいない。」


訪問した際に私たちは歴史の中で過酷な状況に置かれたこうした人々の心が運動を通じて癒されていくことに心が揺さぶられました。

ウトロの人々の思いや歩みについて、より多くの人に知ってもらいたいと思いました。


また、スタッフの方に屋上も案内をいただきました。

屋上では、ソーラー発電がされていました。

在日コリアンの方々の共生について取り組んでいる施設が、気候変動に向けた取り組みの担い手としても行動をされている姿に分野を超えたよりよい未来を作っていこうとする心意気を感じました。


今回の現地調査訪問を通じて、Wake Up Japanでは、引き続き、国内外で社会を変えたいと願い、行動する人々の歩みを学び、よりよい社会を導く方法について考える活動を続けていきたいと思いました。










 

Wake Up Japan

Wake Up Japanは社会教育団体です。
わたしたちは、日本において一人ひとりが行動をする前提としての

「自分が持つパワー」に対する認識が低いことに着目し、

啓発教育を中心とした活動展開を行っている団体です。

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